
ミュージアムについて
-
拡大
写真/一般社団法人桜井市観光協会
|
今から1800年以上も昔の弥生時代の末期のこと。「大乱」といわれる戦乱を収拾するために、30国もの王が集まって一人の女王を共立した。名は「卑弥呼(ひみこ)」という。「新生倭国」の誕生である。その中心勢力となったのが、奈良盆地を中心に勢力を築いていた邪馬台国(やまとこく)だ。
時期を同じくして、三輪山のふもとに、わが国初めての都市が姿を現す。
ここを拠点に各地に鉄や鏡が流通し、朝鮮半島や大陸とも交易が活発に行われた。
239年、卑弥呼は中国の魏に使節を派遣、「親魏倭王」の称号を贈られる。
邪馬台国や女王卑弥呼の存在を知る手がかりは、中国の歴史書「魏志倭人伝」に書かれた二千文字に足りない記述が手がかりとなっている。しかし文献の解釈だけでは解明できないことがあまりに多いし、未だに論争が絶えない。
この謎の解明に、大きな光を与えてくれるのが歴史学や考古学である。
地道な研究成果を分析していくと、今まで“まぼろし”といわれていた邪馬台国の姿が次第に見えてくる。
この纒向デジタルミュージアムは、これまで発見された遺跡や出土品などから、邪馬台国は「大和を中心とした畿内に存在し、ヤマト政権へと引き継がれていく」という仮説で構成されている。
制作にあたっては多くの研究機関や団体の資料をおかりした。貴重な研究成果などを通じて、先人達が苦労をして築き上げてきた『国のはじまり』を紹介できれば幸いです。
一般社団法人やまと文化フォーラム
↑